昭和の前期に活躍した長波、短波の送信所の記念館を訪ねた。
依佐美(よさみ)送信所は大正10年から計画が練り始められ、昭和2年に工事に着手して同4年に開局しています。現在の記念館にはその当時長波(17,442Khz)のモールス信号で欧州との無線通信に使用されていた送信機の保管展示をしています。戦後は米軍に接収され、主に海中の潜水艦との通信に使われてきたと言われています。沖縄の鳥の巣などは写真で見たことがありましたが、こちらの鉄塔は新幹線からしか見たことがありません。
概要: 長波送信機
送信周波数 17,442hz
電力 500KW
アンテナ高 250m
アンテナ柱 8本の鉄塔と各塔18本のステーワイヤ(最大62㍉径)
アンテナ 16本のワイヤー 1,500m長
当時の陸軍は建設資材搬送のため、最寄りの駅から約2㌔の鉄道を1週間で建設したと聞きました。また、250メートルの鉄塔の建設も写真の印象から下で組み立てた柱材をつり上げて順々に上部へ積み上げたように思われます。無線装置はドイツのテレフンケン製ですが、使用するコイルのボビンに相当する材木は日本の職人の作だそうです。その他陶磁器や布、木材、大理石なども多用されていました。
発電機の原理で5,814hzを発生させて、3逓倍した17,442hzに変換しています。共振回路は直径3mのコイルとマイカコンデンサーによる共振ですが、微調整はコイルの出し入れを滑車に乗せて行なっていたようです。変調は3逓倍の共振回路内にトランスを組み込み、信号が無い時トランスを飽和状態にして発信できないような仕掛けになっています。昔、何かでみた原始の通信装置そのものです。
同じ構成で2基設置されていたそうですが、そのうちの1基が簡便な方法で保存されていました。機械遺産に申請されていますが、もし採用されるのであれば接続方法等も微に入り細にわたり正確に復元して欲しいと感じました。屋外にはアンテナの下部とてっぺんの一部が切断されて設置されています。
残念ながら受信装置や短波送信機とアンテナについては資料の説明はありませんでしたので、保存されていないかも知れません。
無線に興味のある方は見学されませんか?刈谷駅南口から無料バスが出ているようです。
今朝の中日新聞記事に未来技術遺産に登録されたと記載されていました。他社の記事にはもう少し詳しく書かれていて、3日に発表となっていますので、見学している頃には認定されていたようですね。
以下、毎日新聞記事から一部を転載
次代に継承すべき日本の科学技術遺産を登録する「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」制度を新設し、1回目に初の純国産ロケット「H2」7号機や、世界で初めて送受像に成功したブラウン管テレビの雲母板、VHS方式家庭用ビデオの第1号機など23件を選んだ。
ここまで
とありますので、正規には”重要科学技術史資料”に選ばれたと言うことですね。